Back Index Next
 鈴村との作戦会議プラス、これからの奴隷人生を再確認した日から開けて、翌日の放課後。
 部活終了チャイムが鳴った音楽室の前で、こほん、と咳払い一つ。両手で顔の筋肉を軽くほぐし、自分的に最上の笑顔を作って準備万端、扉を開けた。
「こんにちはー」
 一斉に室内に居た人たち――主に女の子たちが振り返る。その全員が同じ二年生だったし、話したことのある顔ぶれが笑顔を向けてくれたから、ほうっと息をついた。それでもあくまで爽やか、且つ、謙虚に「お邪魔します」と会釈し、廊下に残してあった手押しのワゴンを室内に入れた。
「木元さんから話は聞いてるよ」
 眼鏡をかけた少し気の弱そうな男の人が声をかけてくる。代替わりで新しく部長になった3組の笠原君だ。
「今度の予算会議対策でしょ? 大変だよねえ、引き継いだとたんにこれじゃ」
「はははー」
「うちには想像も出来ないけどねー。いまや総勢70名だしねー」
「はははははー!」
 うはははは、にこやかに笑っちゃって、こいつめ。
 弱い者には強く出る男だ、と鈴村は言っていたけれど、本当にそれっぽい。汚れのあるレンズから覗く目がニヤニヤしている。それがまた和をかけて嫌な感じだ。
 というか笠原君、君ね、私は知ってるんだぞ。弱小部がつぶれたら予算が回ってくるって、喜んでるくせに。
 その情報源である栞が近づいてきて、ちょっと冷めた目で笠原君を見た。
「いつまで話してるの。もう部活は終わったんだから自由でしょ。部長は引っ込んでて」
 おお……いつにも増して直球ですね栞さん。
 案の定、笠原君は泣きそうな顔になっている。でも、直球なのは栞だけじゃなかった。
「そうそう、部長の話はいいから。なに作ってきたの?」
「お菓子食べられるって聞いたから、間食しないで待ってたんだよー」
「食べたくないなら、部長は帰っていいよ。カギ閉めきちんとやっとくから」
 一人が話しかけてきたと思ったら、一気に女の子たちが集まってきた。部長様はというと、もう輪の端にまで追いやられて、他の男の子たちとこちらを遠巻きに眺めている。恐るべし女子パワーだ。
 もしも、わたしの作ったものが、彼女たちの口にあわなかったとしたら。不吉なことを考えてちょっと背筋が寒くなった。
 女の子たちの前で、やや緊張気味にワゴンにかけてあった布を取ると――
「チーズケーキ!」
 即座にまわりから弾んだ声が返ってきた。
 ほ。どうやら見た目は合格のよう。
「うん。これなら甘いもの苦手な人でも大丈夫かなと思って」
 ――なんて。
 鈴村君情報によると、吹奏楽部の部長が好きな食べ物は……特になし。だけど、最大に有利な情報として、どうやら笠原君は栞のことが好きらしい。だから、栞の好きなもの作ってきただけなんだけど。ほら、好きな子が喜んでると、なんとなーく自分も嬉しくなるものじゃないかなあ、って。
「栞、チーズケーキ好きだったよね?」
 少し大きめな声で呼びかけると、栞は完璧美少女スマイルを向けてきた。どうやらご機嫌上向きのよう。
 視界の端に居た笠原君をちらりと伺うと、ほわほわした表情で栞を見つめている。うん、やっぱり嬉しそうだ。
「廃部を逃れた場合の、学園祭でやるメニューのアンケートもかねてますので、真摯な意見をお願いしまーす」
 ケーキとお茶が全員分にまわったのを確認して、ぺこりと頭を下げる。
 作ったチーズケーキの数は20人分。さすがに全員の70人分は無理ってもので、二年生に絞って、さらに『試食してもいいよ』って言ってくれる人を募ったら16人集まった。
 人数分+一応念のため予備の4個、で計20個。こんなに大人数の分量で作ったことがなかったから、大分手間取ってしまった。けれどそれよりももっと心配なのが、大味になってないかってこと。もちろん味見はしたけど、自分の舌では気づかない欠点は絶対にあるだろうし。
 ぱくぱくと皆が食べ始めているけれど、今のところ悲鳴は上がっていない。よし。
 我慢顔をしていたり、嫌な顔をしているひとも見当たらない。よしよし。
 人に評価されるなんてはじめてだから、不安で不安で仕方ない。まずい、の一言が出たらどうしようと、どきどきしながら様子を伺っていると、背後からいきなり膝をかくんとやられて、しりもちをつきそうになってしまった。
「し、しおりさん、なにを御無体な……」
「顔が怖い。意見したくてもそんな顔した人に言えないでしょ」
「そ、そんなに?!」
 両手をぱちんと頬に当てる。確かに、変に力を入れて笑顔を保っていたせいか、顔の筋肉がひくひくと小刻みに痙攣していた。
「安心しなさい、味は悪くないから。でも、改良の余地はまだまだあるんだから調子に乗らないでよ。あと、個人的はもう少ししっとり感が欲しかったかな……まあ、これぐらいの軽さがちょうど良いって人も居るだろうけどね」
 泣きそうになってた気持ちが一気に浮上。栞! と抱きつこうとしたら、全力で拒まれた。「鬱陶しい」の一言付きで。本当にドライだ。
「今日はこのあとどこかの部に行くわけ?」
「ううん。初日だからこれで終わらせるつもり。今日の結果を踏まえて、時間配分とか考えたいし。明日はね、女子バレー部に行くつもりなんだ」
「なんで女子バレー?」
「あ、ほら、美奈ちゃん、うちのクラスのね。バレー部だったじゃない? 知り合いのところから、回ろうかなあって」
 内心あわあわと冷や汗をかきつつも、なんとかポーカーフェイスを作ってその場を乗り切った。
 本音を言えばバスケ部へ行きたかったんだけど、鈴村も言っていた通り、ピンポイントで狙いすぎるってのは危険だと思ったから、とりあえずパスしたのだ。
「望、バスケ部にはいかないの」
「うえっ?!」
 しまった、変な声出た。
「なによ」
「あ、いや、いつか行くつもりではいるよ? でもなんでそんなこと聞くのかなあと。」
「バスケ部の今のキャプテンはね、チョコレートが好きだから。それを教えてあげようと思っただけよ」
「え、そうなの?!」
 何気なさを装うのも忘れて、思い切り食いつく。バスケ部については鈴村君が調べきれてなくて、困っていたのだ。
「ってか、何でそんなこと知ってるの?」
「前に付き合ってたから」
「そう、なの? あ、あれ? 前に付き合ってたのって、サッカー部の人じゃなかったっけ?」
「いつの話よ、それ」
 ……そうですよね。栞さんほどもてる人なら、三ヶ月前でも過去の話ですよね。
 私にはそんな経験が無いから分かりませんよ。
「有益ナ情報ドウモアリガトウ」
 棒読みでお礼を言うと、栞はくすりと笑って、声を潜めた。
「少しオーバーに喜んであげるから、感謝しなさいよ」
「え?」
「部長の前で『おいしかった、調理部の試食会の申し出、許可してくれてありがとう』ってね、愛想良く演じてあげる」
「あ、え、え」
 呆気にとられているわたしの目の前で、栞はわざとらしく、しなを作ってみせた。
 こっちの思惑はすっかりばれてたのね……
 ははは、と乾いた笑いが浮かぶ。
「き……気付いていた、の」
「今度はレアチーズケーキがいいわ」
 参りました、以外の言葉が浮かばない。随分と大きな借りを作ってしまったのかも。
 でもまあ、レアチーズケーキで済む分、安いもの、かな。
 ありがとね、と言うと、壮絶美少女スマイルとウィンクが返ってきた。
 そのおかげなのか、なんなのか。
 瞬間、雷が落ちたというか、脳みそがフル回転したというか。突然、ひらめいたのだ。
「そうか」
「望?」
「……買いに行く必要なんて、ないんだ」
 呆けたように呟いた私を、栞が怪しげなものを見るような目つきで見ていた。

Back Index Next