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 翌朝、かなり早い時間に家を出た。
 昨日から鈴村君用のお菓子をコンビニで買うために早出するようになったのだけれど、今日の目的は別にある。
 早朝の学校はいつもの登校時刻とは打って変わって人気が無く静まり返っていた。そのせいで、外で朝練をしている運動部員の声がはっきりと聞こえてくる。人がいないだけなのに、なんだか別の建物のようにも感じて変な気分だった。
 が、そんな感傷に浸っているひまは無い。
 職員室で鍵を借りて、調理室を開け、手早く作業を開始する。
 まず最初に手をつけたのはフルーツ、ハム卵、ツナ、三種類のサンドイッチ作り。大量に作ったそれぞれを一口サイズに切り、冷蔵庫で少しの間寝かせておく。
 それらが終わったら、もう一つの作業を開始。実は、今日はこっちが本題なのだ。
 必要な材料をボールの中に入れ、黙々と、たまにぶつぶつと恨み言を呟きながら中身をかき混ぜる。はたから見たらその時の私の姿はさぞ無気味だったと思う。
 混ぜ終わったものを、昨日買出しのついでに購入した容器に流し込み、冷蔵庫に入っていたサンドイッチを取り出して、代わりに容器をセットする。これで、完了だ。
 たぶん、夕方……放課後ぐらいには、出来上がっているはず。もし出来上がっていなかったとしても、翌日に回すまでだ。
 どうかうまくいきますよーに! と手を合わせてから、冷蔵庫の扉をぱたりと閉めた。

 作った三種類のサンドイッチは当然自分用ではなく、予算会議対策のゴマすり用。
 半開きになった体育館の鉄の扉から覗き込むと、ちょうど朝練が終わったところだったらしい。どの部も片付けに入っていた。
「お、おつかれさまでーす……」
「あ、おつかれー」
 茶色いボブショートの頭がすぐにこちらを振り返って、両手をぶんぶんと振り回した。同じクラスの美奈ちゃんだ。
「片付け忙しい? もう少し待った方が良かったかな」
「ん? ああ平気。もう終わるし。それに先輩たちにはちゃんと言っておいたからね。だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 ひょいと手を伸ばして、美奈ちゃんはトレイの上からサンドイッチを一つ取り、口の中に放り込んだ。二、三口頬張ってから、「あれ?」と呟く。
「予想外。おいしいじゃん」
「あのね……」
 サンドイッチなんて、具をパンにはさむだけなんだから、これで失敗するとしたら逆に大した才能だ。一言いってやろうとしたら、周りから一気に腕が伸びてきて、トレイを落としてしまいそうになった。
「お腹空いてたからちょうど良かったよー」
「私、ツナがいい」
「ちょっと、一人ひとつにしなよ。足りなくなるかもしれないでしょ」
 あれやこれやと声が上がって、同時にすごい勢いでサンドイッチが減っていく。こっちが口を挟む暇もない。
 すごい。昨日に引き続き女子パワーを思い知った。
 一通り全員分まわったかなというところで、一息ついていると背後から声をかけられた。
「余ってたら、私たちも食べてもいい?」
 はい? と振り返って、相手を見て、目をひん剥く。
 女子バスケ部だぁあああ! 上下関係にどこよりも煩くて、入部希望者も多いけど、退部希望者も多いという、出来れば近づきたくなかった女子バスケ部だー! 怖い印象があったから、男子バスケ部に媚売る前に、なんとか攻略しなきゃあと思ってたんだよぉおお!
 ――という心の雄叫びは胸に仕舞い込んで。
「いっぱい作ってきたんで、どうぞ」
 にっこりと、愛想のいい笑顔を向ける。大分慣れてきた営業スマイルだ。
「好評じゃん」
 美奈ちゃんが二つめのサンドイッチを食べながら笑った。
「こういうのきちんとした部活の活動にしちゃえばいいのに」
「こういうの?」
「差し入れじゃなくて、正式に注文受けるの。運動部とかに需要あると思うよ? 生徒だけじゃなくてさ、『職員会議にコーヒーどうですかー』とか売り込めば、先生からもウケがいいと思うけどな」
 うわあ、と思わず声を漏らす。
 すごい。いい案。調理部って、何かを作って終わり、そんな、自己満足な部分が多かったと思う。でもその案なら、活動内容を外部に示せるもんね。
「美奈ちゃん、天才」
「でもまあ、とりあえず、調理部が廃部を逃れられたらだけどね」
 ズコーって。ギャグ漫画のようにずっこけそうになった。
 そうなんだけど。本当にその通りなんだけど!
 へこみかけた気分に、いけないいけないと、ストップをかける。
 前向きに考えよう。
 二回目の差し入れも好評だったし。難関だと思ってた女子バスケ部とつなぎが取れたし。良いこと続きじゃないの。今日のわたしはついている。ついているに違いない。きっと。そう考えると、多少のことなら許してしまおう!って気分になる、はず。

 だから生徒会に呼び出された時も、文句ひとつ、不平一つ言いませんでしたよ。ええ。

 たとえ昼休みの、お弁当後のデザートをさあ食べようとしてた直前だったとしても、全力ダッシュで駆けつけてやりましたとも。呼び出しをかけたのは書記の一年生だったけど、実質命令を出したのは鈴村君だったと理解したうえで、5分以内に到着ですよ。
 コンビニで買っておいたものを黙って手渡すと、鈴村君はあからさまに怪訝そうな表情を浮かべた。まるで危険物でも入っているかのように手渡された袋を覗き込んでから、少し首をかしげ、再び私に目を向ける。私が一言も文句を言わないってのが、よほど奇妙に感じるらしい。
 なるほど。鈴村君は私をそういう目で見ているわけか……後で覚えてろよ……
 なんて、心の中で呪詛を唱えていたら、呪い返しでもされそうな目で睨まれた。
 思わず身構えると、鈴村君はたちまち興味をなくしたようにふんと一瞥して、袋の中身をあさり始めた。次々に菓子の封を破って、両手に持ち、口の中に放り込む。
 最初に見たときよりはマシだけど、それでも相変わらず食べ方は汚い。床にぼろぼろこぼしているし、口の周りについたクリームは、ハンカチで拭き取ることはなく、ぺろりと舌で舐め取る程度だ。
 あー、なんか、これって。
「犬に、餌やってる気分」
 瞬間、殺されるかと思った。
 なんだと? って感じでこちらを向いた鈴村君にだ。目で人が殺せるとしたら、きっとあれに違いないはず。
「そんなに食べ散らかしたら、後片付けが大変だろうと思うけど。昼休みおわっちゃうんじゃない?」
「放課後に片付ける」
「……嘘でしょ? このまま放って授業行く気?」
「生徒会室の鍵を持ってるのは、俺と拓海だけだ。先に来て掃除しておけば問題ない」
「ばれるとかばれないの問題じゃなくて。汚いとか思わないの?」
「べつに」
 鈴村君はなんでそんなことを気にするのか分からないというように、実に不思議そうに首を捻っている。
 なんなんだ。身なりや言動はびしっとしてるくせに。
 湯川君は注意しないんだろうか、これを。
「あのさ、この奥の部屋、湯川君と鈴村君が使ってるの?」
「会長室だからな」
「立派な机が二つあったけど、あれは二人の作業机?」
「ああ」
「整理しようとか……どっちかが言い出したりしたことは?」
「ないな。第一、必要ないだろう」
 OK、分かった。そうか。生徒会長・副会長、揃ってものぐさなのか。
「せめて、食べる前に下に紙ナプキン敷いておいたら?後片付け楽になるでしょ」
 鈴村君は一瞬手を止めて、自分の足元を見渡し、
「それもそうだな」
 と、素直に頷いた。
 策略とか情報収集とか、その手のことには抜群に頭が回るくせに、何でこんなことに気づかないの、この人。
 結局、マナーのなってない鈴村犬の食べかすやらを後片付けしていたら、昼休みが終わってしまった。
 昼休み、なのに、ぜんぜん休みになってない。
 慌てて自分たちのクラスまで走って戻ったら、教室の前で染井先生と鉢合わせした。
「本鈴前だ。ぎりぎりセーフだね」
 ああそっか、五限目は日本史だっけ。
「ちょっと、生徒会室まで行ってたもので」
 ぜえぜえと肩で息をしながら応えると、染井先生は「生徒会室?」と眉根を寄せた。
「ここ数日で、かなり呼び出し回数多いよね。とくになにも聞いてないんだけど……問題でもあった? なにか、言われたりしてるの?」
「あー……ほら、うちって火を使う場合もあるじゃないですか、刃物も使うし。そういうのの管理の徹底とか、不特定多数の人間に食べ物を出すわけだから、ちゃんと保健所の検査を受けて置くように、とか。注意しなきゃいけない箇所が他の部よりも多いから、呼び出し回数が多いだけですよ」
 嘘はついてないぞ。その手のことは本当に指示があったし。何度も呼び出されてるのはパシリにされてるから、とはさすがに言えるわけないじゃないか。
 そうだったんだ、とすんなり納得してくれる先生がとても可愛らしく見えた。さっきまで際立って可愛らしくないものと接していただけに、余計そう感じるんだろうと思う。
「上原、頑張ってるよね。俺も、料理のこと以外だったら手伝うから、いつでも言って」
 背後にお花が舞ってそうな、ほわほわした顔で、染井先生が微笑む。
「なにこの癒し系……!」
「え?」
「なんでもないです、気にしないで。それよりありがとう。わたし、先生のおかげで今日の残りの時間も頑張れそうです」
「そ、そうなの?」
 ああ、先生。頼むからそのままでいてね。まさか奴らみたいに、裏の顔なんてあったりしないよね! お願いだから夢見させて。
 そう力強く祈りながら、わたしは目を白黒させている先生を教室の中に押し込んだ。

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