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『生徒会執行部からのお知らせです。美術部、調理部の各代表者は、昼食後、生徒会室に集合してください。繰り返します……』
 教室に設置されたスピーカーから、やけに軽快な鐘の音に続いて声が流れる。
 思わず、体がびくりと反応した。
「きたわね」
 栞はそれだけ言って、ぷらぷらと手を振る。いってらっしゃい、の意味だ。
 ため息ひとつ、無言で頷いて席を立つ。教室を出ると、廊下で話していた人たちからも、おつかれー、と声をかけられた。ここ数日で呼び出しの常連になってしまった私に、皆が向ける眼差しは少しの同情と――あとはほとんどが好奇心。今回の廃部騒動は、関係ない人にとっては面白い話題でしかないらしい。
 こっちは必死だって言うのに。どの部がつぶされるか、生き残るか、賭けている人もいるんだからホント腹立たしいというか。お前らやってみろっての……!
 悪態をつきながら、生徒会室のある4階まで上がり、ひと声をかけてから生徒会室に入る。もう慣れたもので、最初は緊張して入室してたのが嘘みたいだ。
「ちょっと待っててー」
 と、奥の部屋から返事が返ってくる。それから少し遅れて、会長室から出てきたのは美術部の部長さんだった。名前は確か――そうそう、二組の、北村さんだ。
 お互いに目が合うと、自然と苦笑いが浮かぶ。大変だよねえ、まったくねえ、なんて無言の会話を交わしていたのだけれど、続けてひょっこりと湯川君が顔を覗かせると、北村さんはぺこりと私たちに会釈をして生徒会室から出て行った。
「いいタイミングだったね。ちょうど話が終わったとこ」
「美術部、なにかしたの?」
「大したことじゃないよ。昨日、美術部が申請なしに部活終了時間後も残って作業してたって、匿名の投稿があって。一応それを確認してたところ」
「で、どうだったの」
「単に後片付けに手間取って、20分ほど定刻を過ぎたんだってさ。すげー馬鹿馬鹿しいと思わない? この程度のことで」
 部活動時間を過ぎて校内に残る場合、必ず顧問の許可と生徒会への申請が必要なきまりになっている。けれど10分、20分程度の時間オーバーならどの部も経験あるだろうし、普通申請はしない。人数の多い運動部なんて、時間ぴったりに終了することの方が珍しい、遅刻の常連だ。それなのにわざわざ生徒会に報告するなんて。しかも匿名で。
「……やなかんじが、するんだけど」
「美術部は人数少ないけど、定期的に学内展示やってるし、学外での活動も積極的だから、廃部になる可能性は低いんじゃないかって言われてるね」
「つまり、嫉妬からくるチクリ?」
 呆れて問うと、湯川君はにやりと笑った。
「さあ。単純に考えれば、そうなるかもしれないけど」
 確かに判断材料がこれだけじゃあ断定はできない。でも私の想像通りとしたら――今の時期、この状況。匿名で知らせたのは誰か、断定はできなくても範囲の絞込みは簡単だ。
「もし、よ。もしもそうだとしたら、やっぱり……チクったのは、廃部対象の部員だと思うんだけど」
「もしもの話、でね」
 と、湯川君は私の言葉を念を押すように繰り返した。
「その可能性は十分あるんじゃない? べつに、存続出来る部に制限数があるわけじゃないんだけど、競争相手が減れば有利になるって考えるヤツがいるみたいだから」
「なにそれ、そんな奴いるの?」
「表立ってないだけで、お互いに悪口言い合ってる部はあるよ。評判落とそうって作戦なんじゃない? ホント、脳みそ無い奴って、ある意味幸せだよねえ」
 ちょっと湯川君、地が出てるよ。隠しきれてないよ。
 そう忠告してあげたいくらいに、目の前の彼は心底性格悪そうな笑みを浮かべている。
 ――まあ、ひどい言いようだけど、私も同意しちゃう部分があるから同罪か。
 ため息をつきつつ、視線を窓に走らせる。そこでようやく、一人足りないことに気付いた。
「鈴村は? いないの?」
「聡二朗はこの上」
 ついと、湯川君の指先は天井を示した。
「うえ……屋上?」
「そう、デザート中」
「ああ……」
 屋上は立ち入り禁止のはずだけどなア。鍵も、職員室にしか置いてなかったはずだよなア。なんて、言うだけ無駄なんだろう。この二人の場合。
「じゃあ呼び出したのは、鈴村じゃなくて?」
「うん、俺。呼び出したの、俺の用事だから」
「まさか、お腹減ったからなんか買って来いとか言うわけ?」
 うんざりして、半目で睨む。
 湯川君は「聡二朗じゃあるまいし」と肩をすくめてから、にぃっと口の端を上げた。
「上原さん、携帯の番号とアドレス、教えてよ」
 いきなりの話の切り替えで意味が分からず、返事の代わりにぱちぱちと大きく瞬きを返した。それから数秒ほど湯川君の言葉をゆっくりと頭の中で反芻して、理解して――思い切り眉を顰めてやった。
「なんで教えなきゃいけないわけ」
「いろいろ理由をつけて呼び出しするの、そろそろきびしーんだよね。だから」
「携帯教えちゃったら、今よりもさらに気軽に呼び出されるようになるね」
「そーだね」
「そうしたら、もしかしなくても、パシリにされる回数が増えるだけじゃ?」
「上原さんの立場で考えると、そういうことにもなるよね」
 いやだなあ。
 本気で嫌だなあ。
「嫌なら別にいいんだけど。教えてもらわなくても簡単に調べられるから」
「ひとの心の中を読むの、やめてもらえませんかね」
「だって上原さん、顔に出るんだもん。それにさホラ、上原さん的に、教えてもいないのに他人が自分の携帯番号やメルアド知ってたら、気持ち悪いって感じるかもなあ、と気を使ってあげたまでで」
「ああそう……」
 諦めの境地でポケットから携帯を取り出したら、見せて見せて、と湯川君が身を乗り出してきた。人懐こいというより、なれなれしい。少し距離を取って、ほら、と見せると、湯川君は素早く手を動かした。
 数秒たたないうちにメール着信のメロディが鳴る。もちろん差出人は目の前にいる湯川君だ。ちゃんと登録してねと念を押された上に、実際にきちんと登録するまでしっかり見張られた。
「ああそうだ。名前もさ、拓海でいいよ。俺も望ちゃんて呼ぶから」
「えぇー……」
 ものすごく自然にうめき声が出た。寒気もした。なんだ、これは。
 時計の針の音が、コチ、コチ、コチ。
 一瞬静かになった室内に響き、四回目が聞こえる前に湯川君が口を開いた。
「いま、かなり本気で嫌がったね」
「つい」
 悪寒が走ったんだ、とはいえない。背筋のあたりが、こう、ぞくっと。本能が全力で拒絶反応を示してるかんじ。
「望ちゃんはさあ……」
「ちょっと待て。名前で呼んで良いなんて一言も言ってないよ」
「俺のこと名前で呼ぶの、そんなにヤ?」
 湯川君は少し身をかがめて、私の顔を覗き込む。鼻先4、5センチ先。質問というより尋問な雰囲気だ。
 間近で見る湯川君の顔は、きれいな部類だとしみじみ思う。お世辞とか抜きで。
 ぱっちり二重で、睫毛長くて、色素の薄い髪はいい具合にゆるくウェーブがかかっている。瞳の色は、よくよく見てみれば灰色がかっていた。もしかして、カラーコンタクトかもしれない。それがまたよく似合ってる。多国籍な感じ、とでも言うのか。鈴村も整った顔をしているとは思うけど、それとはまた違ったタイプの美形ってやつだ。
 何も知らない頃にこうやって迫られたら、素直に言うことを聞いてしまう可能性は高かったと思う。下手すると、勘違いして恋愛感情持ってしまうかも。
 ――まあ、今はもちろん、その可能性は全くないけど。
 本性を知っていて、さらに自分の置かれている状況を考えれば、微塵もドキドキしない。この目の前の悪魔は、自分の顔が武器になることを良く知っていて、こういう振る舞いをしているわけで。人を馬鹿にしているにもほどがある。
「やだよ。お断り」
「つれないねー」
 くすりと笑って、顔が離れる。
 笑っているし、物腰は柔らかなんだけれど、どうも何かたくらんでいそう。湯川君という人が、いまいち掴めない。これなら、見た目どおり怖い鈴村の方がマシのような気がしてきた。
「大体さ、これまでぜんぜん接点なかったのにいきなり名前で呼んだりしたら、時期が時期だし怪しまれない?」
「この時期と状況だからこそ、かえっておかしくないんじゃない? ほら、俺たち見回りやってるから、いろんな部に顔出してるじゃん。おかげで、これまで名前も知らなかったような奴と話す機会が出来たし。当然、その廃部対象のうちのひとつである、調理部のひとと仲良くなっても、おかしくないでしょ」
 誰も気にしないって、と湯川君は軽く言い放つ。
「そういう……ものかなあ?」
「そういうもの、そういうもの」
「だけど、なんで急にこんなこと言い出したの。携帯の件は、呼び出しに便利だからってことで分からないでもないけど。名前なんてどうでもいいじゃない」
「どうでもい、ねえ」
 湯川は、ふうん、と意味ありげに首を傾け、ゆっくりと机の端に寄りかかった。
「望ちゃん、のぼせやすいタイプかと思いきや、結構淡白」
「なにその分析」
「なんだかいろいろとオモシロそうだから、愉しもうと思っただけ」
「は?」
「べつに。それよりさ、『どうでもいい』んでしょ? じゃあ、苗字じゃなくて名前で読んでも、支障はないんじゃない」
「うっ!」
 思わず応えに詰まってしまった。
 それはへりくつじゃないの、とは思ったけれど、これ以上は反論しても無駄な気がする。どうも口では勝てそうにない。
「……じゃあ、拓海君、で」
 不承不承呟く。
「呼び出した用事ってこれだけ? もうそろそろお昼休み終了しちゃうから、戻るよ」
「たくみ、でいいのに」
 再び、ぞくりと寒気が走る。
 声は限りなく甘い。瞳もとても優しく細めている。でも口が。口の端がにやりとからかいの形を作っていた。
 ……こんな女の敵は無視するに限る。うん。
 ふいと視線を逸らして、返事もせずに生徒会室を出かけたのだけれど――やっぱりどうしても一言いってやらないと気がすまなくて――扉に手をかけたところで足を止めた。
「拓海君」
「君はいらないのに」
「た、く、み、君」
「なーに」
「すっごい気持ち悪い、それ」
 変にからかわれるくらいなら、女として扱われない方がまだマシだよ、と。
 そういう意味を込めて伝えたら、湯川君改め拓海君は、一瞬ぽかんとしてから、ケタケタと声を上げて笑い出した。
 この、笑い上戸め……!
 こうなってしまったら、しばらく止まらないのは前のプリンの一件で実証済みだ。いちいち相手にしていたら馬鹿らしいから、放って廊下に出る。角を曲がったところに来ても、まだ生徒会室から笑い声が聞こえてくる。
 肩越しに扉を睨み、ため息をつき、視線を前に戻す。途端、出会い頭に誰かと正面衝突してしまった。
 なんとか体勢を立て直しつつ、ごめん、と顔を上げて相手を見る。直後に、思わず謝ってしまったのを後悔してしまった。ぶつかってしまったと思われる女の子が前髪の間から覗く眉間に深い皺を寄せて、こちらを睨みつけていたからだ。
 ストレートの黒髪に、つり目がちな瞳。その上、不機嫌さが和をかけているものだから、かなりきつめの顔立ちに見えた。
 ええと――見たことあるような、ないような。
 同じ学年だったかな、と考えている間に、彼女は憮然とした表情で私を一瞥し、ふいっと身を翻して階段を下りていった。
 あれ? 生徒会室に用事じゃないの?
 不思議に思ったけれど、ふつふつと湧いてきた怒りで、それはすぐに掻き消えた。
「そりゃ余所見してた私が100%悪いんだけどさー……」
 けど謝ったでしょー、その態度はないんじゃないのー。なんて、思うわけなんですけど。どうよ、これ。
 ぱたぱたと制服をはたいてから、ふうっと大きく息を吐き出す。べつにどこも汚れているわけではないけれど、さっきの嫌な出来事を少しでも払い落としたい気持ちだった。
 そもそも、今日は朝からついてないなと思ってたんだ。
 目覚まし時計は遅れてるし、トースターの調子が悪くて食パンが黒こげになるし、宿題忘れるし、午前中の授業で当てられたし。
 ――もう十分嫌な目にあったんだから、今日はこれ以上何もありませんようにっ。
 手をぱんと合わせて、空中に向かって祈ってみる。人目も気にせず、かなり真剣に祈ってみたんだけれど、どうもいやーな予感が残る。そして、それは見事に当たってしまった。

 ホームルーム終了のチャイムとともに、各クラスの扉が勢い良く開かれ、そこから数人の生徒が飛び出してくる。ここ数日恒例の出来事で、そして飛び出した勢いそのままに廊下を走る生徒もほぼ同じ面子。廃部予定組の部に所属している生徒だ。
 かく言う私もそのひとりだ。一目散に直行するのは、もちろん特別教棟の調理室だ。
 すぐに準備を開始して、調理したものを運んで――これはいつもの通り。だけど、今日は少し違っていた。本日の差し入れは、勝負どころの男子バスケ部なのだ。
 県大会優勝回数は全部活内で最多、インターハイ常連という輝かしい実績を引っさげて、当然のごとく学内で一番勢いがあり、また優遇されている部だ。だから、いつも以上に営業用スマイルと腰の低さを発揮していた最中だった。
「なにこれすっげーマズイ!」
 心底嫌そうな声と、その発言内容でどきりとしながら振り返った。
 和やかに雑談していた他の人たち――男子バスケ部の面々も、ぴたりと口を閉じてしまい、重苦しい沈黙が降りてくる。
 顔をしかめて、べえっと舌を出すその人の手にあるのは、食べかけのお握りひとつ。海苔が巻いてある、ごく普通の三角お握りだ。
 ……私が作った、という点を除けば。

 同じクラスの木戸君にお願いして、彼の所属してるバスケ部に差し入れOKかどうか、許可を貰ったところはすんなりとうまくいった。
 栞から『バスケ部のキャプテンはチョコレートが好きよ』って最大の情報を仕入れていたけれど、甘いものが苦手って人も居るかもしれないから、今回はさぐりを入れる意味で無難におにぎりに決定。その判断は間違ってなくて、かなりの好感触を得られていた、と思う。実際、ついさっきまでは美味しいって言ってもらえていい感じだった――はずなのに、一気に地獄に叩き落された。
 頭のてっぺんから、すうっと血の気が引いていく。
 これまで不平とか不満とか出なかったから、思いあがってたかも。おにぎりなんて簡単だから……そんな風に調子にのって作り方が雑になってたとか。塩の量が多すぎて、ただのしょっぱい塊と化してたりとか。味見はしたつもりだけど、自分に絶対落ち度はない! なんて言い切れない。
 思わず、ぎゅうと手を握り締める。指先が氷水にでも浸したかのように冷たくなっていた。
 どうしよう。何か言わないといけないんだろうけど、緊張して口がうまく動かない。かすかに唇がひくつくだけだった。
「畑、何言ってんだよ、んなことないだろ」
 木戸君の咎めるような声で、混乱していた頭がはっと我に帰った。
 周りの人も『そんなことない』とか『ひどいこと言うな』とか、口々に畑君へ反論し始め、静まり返っていた場が一気に騒がしくなった。
 お世辞でも嬉しい。ぐうっと胸にこみ上げるというか。泣きそう。
「……あ、いや、いいよ。ほら、本音で言ってもらった方が為になるし……」
 でも、ここで泣いたら惨め過ぎる。それにフォローしてくれた人たちも困ってしまうだろうし、ぐっと我慢だ。
 なんとか平静を装いながら、にへらと作り笑いを浮かべる。
「具体的に、どこらへんが駄目なのか教えてもらえないかな? 改善してみるよ」
 そう尋ねた直後、畑君が言葉を詰まらせた。
 ――え、何だろう? まずいこといった? それとも作り笑いが駄目だった? でも、それにしては変な態度だったような。
 その妙な間に違和感を感じたのだけれど、畑君がさらに眉間に深い皺を寄せて声を荒げたため、いろいろ考えていたことが吹き飛んでしまった。
「どこって……不味いもんは不味いんだよ! 」
 ……言葉のナイフですよ! ナイフが胸にメッタ刺しですよ……!
 ぎちぎちと胃に痛みが走る。万力で締め上げられるよう、というのはこういうことを言うのか。胃液がこみ上げてきそうな、嫌な苦しさだ。不味いって言われるのが、こんなにきついなんて思わなかった。
「これがまずいって、お前どんな味覚だよ」
「畑って、普段からろくなもん食ってねーんだよ。きっと」
「は? お前らこそ舌がどうかしてんじゃねーの?!」
 畑君一人対複数、という図式がたちまち出来上がり、さっきとは違った意味で空気が重く、険悪になりつつあった。それに争ってる声が外まで聞こえるのか、部室の窓から部活が終わった人たちが、通り過ぎるついでに覗き込んだりしている。
「なに、バスケ部ケンカ?」
「先生呼んでくる?」
 そんなひそひそ声まで聞こえてきて、また頭から血の気が引いた。
 咄嗟に頭に浮かんだのは鈴村の鬼のような形相だ。べつに悪いことなんかしてないけど、あまり目立ったことをすると鈴村から何と言われるか分からない。ネチネチと口撃されるか、蛇のような目で睨まれるか。両方ってのもあり得る。
 それは……なんとしても避けたい。嫌過ぎる。
「皆さん、今日はどうもありがとうございました!」
 勢い良く叫んで立ち上がった私に、皆の視線が集中し、ぴたりと口論が止んだ。
「畑君もごめんね、今度はもうちょっと改良してきます。その時はよろしく!」
 この隙にと必殺営業用スマイルを飛ばして、そそくさとバスケ部の部室をあとにする。部屋を出たところで、「何かあったの?」なんて好奇心溢れる野次馬たちに質問されたけど、適当に誤魔化してとにかく逃げた。
「上原!」
 待った、待った、と背後呼びかけられる。足を止めて振り返ってみれば、木戸君がすまなそうな表情で駆け寄ってきた。
「ごめんなー、なんかすっげー嫌な想いさせちゃって」
 あと忘れ物、とトレイを渡してくれる。それを受け取る私も、木戸君も、お互いに苦笑いを浮かべた。
「あー、ううん。変なの出しちゃった私が悪いんだし」
 修行が足らなかったよ、とおどけてみせる。とてもそんな気分じゃなかったけれど、なんとか踏ん張った。
「紹介してもらった木戸君にも悪いことしちゃったね」
「そんなことないってー、平気、平気」
 木戸君はぶんぶんと大げさな仕草で手を振った。
「あれホントに美味かったって。お世辞じゃなくて。他の奴もホントに美味かったって言ってたし。というか、おにぎり程度作るのに失敗する奴なんていないだろ。実際いたとしたら相当やばくね?」
「は、ははは……まあ、そう、だね」
「畑もなあ……普段はあそこまできっついこと言う奴じゃないんだけど」
 変だよなあと、何度も繰り返し呟きながら、木戸君は首を捻っている。
 でもサ、木戸君、悩んでるところ悪いんだけどサ。そのセリフを良く考えてみるとね。普段はそんなことを言うはずない人が、怒鳴ってしまうほど口に合わなかったということではないの……
 木戸君に笑顔で別れを告げることができたのは、我ながら偉かったと思う。
 ――とりあえずお茶でも飲んで、一息つこう。反省するのはそれからにしよう。
 家から持ってきておいた、とっておきの紅茶が確かあったはず。はちみつたっぷり入れて、いつもより甘くして……それ飲んで、落ち着こう。
 どんよりとした思考と体を引きずりつつ、最後の気力を振り絞って、ふらふらしながら調理室へと向かった。
 半開きになった扉を見て首を傾げたけれども、『あ、閉め忘れてたかなー?』程度に思って、そのままガラリと開く。
 そして、あんぐりと口をあけた。

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