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「廃部まっしぐらなワケね」
 休み時間の合間に、だらりと机の上に突っ伏して窓から空を眺めていると、ざわつく教室の音に負けない凛とした声が降って来た。
「だらだらしてないで、現実を受け入れなよ」
 そう言って見下ろしているのは、同じクラスの木元栞だ。
 いちいち返答するのも億劫で、だらりと体を机の上に伸ばしたまま、顔を上げた。
「少しはさー、慰めてくれもいいじゃないのー? 栞、はっきり言いすぎ」
 視線の先にあるのは、栞のぱっちりとした二重の大きな黒い瞳。その上についている睫毛はマスカラしているように長い。おまけにしみひとつない真白い肌、思わず目を引く顔立ち。つまりは美少女ということ。実際かなりもてる上に、本人にもその自覚があるらしいから嫌味にもほどがある。
 栞と私は性格がまるきり違うし、趣味にもまったく接点が無い。初めて口を利いたのは今年同じクラスになってからだ。新学期に席が前後だったため、ありがちな挨拶から始まり、少し話をして――すぐに気付いた。栞の竹を割ったような性格に。
 ああこの人ずばずば言うタイプなのね、と理解してからは、こっちも遠慮なく話すようになって、今ではもう昔から友達だったような感覚で一緒に居るようになっていた。
「馬鹿ね、あんたは」
 栞はそのきれいな眉をきゅっと寄せて、ぼけっとしてるからよ、と言い放った。
「生徒会の決定事項が掲示板に張り出されたとき、結構騒がれてたじゃない。知らなかった方がどうかしてる」
「だって生徒会とは今まで縁もなかったし、これからも無いと思ってたし」
 生徒会のお知らせといえば、交通安全週間だとか、風紀強化週間だとか、そんなことばかりだったはず。少なくとも今まではそうだった。
「だからすっかり忘れてたの。代替わりしたのは部活だけじゃなくて、生徒会もそうだったってこと」
この六堂寺学園は幼稚舎、小等部、高等部、大学部で構成されるエスカレータ式の学校で、直接話したことはないけれど顔は知ってる、というのが多々ある。  うちはエスカレータ式の学校だということもあって、幼稚舎からの知り合いが圧倒的に多い。外部から入学して来る人もいるけれど、公立校などと違って人の入れ替わりも少ないせいで、生徒会やらクラス委員やらを担う人たちの面子も昔から大体決まっている。
 そして今期の生徒会も例に漏れず、おなじみの面子だった。
「今度の副会長、鈴村君だっけ。もしかして経費削減案の提案者もあの人?」
 私が尋ねると、栞は「当たり前じゃない」と呆れたように言った。
「こんな強気な案、今の生徒会で提案するのは鈴村しかいないでしょ」
「うあー! 鬼の鈴村、ホントにここまで鬼だとは思わなかったよー!!」
 私は再び机の上にばたりと倒れ込む。けれどすぐさま体を起こし、
「仏の湯川は? 湯川君はこれに反対しなかったの?!」
 と、栞に詰め寄った。

 鬼の鈴村というのは、私と同じ学年の生徒会副会長、鈴村聡二朗のこと。そして仏の湯川というのは、これまた同じ学年の生徒会長、湯川拓海のことだ。
 この二人、幼稚舎でも中等部でも生徒会役員経験がある。それも最終学年時には必ず、湯川君は会長、鈴村君は副会長を務めるのだ。
 鈴村君のやり方は合理的――といえば聞こえはいいけれども、強引かつ容赦ないため、非難の声も少なくは無い。その仲裁に入るのが湯川君だ。性格的におおらかで明るい、とされる湯川君が「まあまあ」と間に入り、大体の揉め事は片をつけてしまう。その手際があまりに見事だから、湯川君の方が実は恐ろしいからみんな言うことを聞くんだろうという噂もあったりする。
 まあ、あくまで噂だから信憑性は皆無。ゴシップネタに近い話だ。

 だけどいろいろと不平は出ても、古い校則のいくつかを撤廃させたり、学校行事を前年度以上に盛り上げたり、新しい企画を考え付いたりと、二人にはその強気な態度を裏打ちする充分な実力と実績がある。だからこそ、高等部でも再任されたわけだ。
 かく言う私もこの二人に入れた。生徒会選なんて面倒くさいし、私には直接的に関係ないし、で、何も考えずにいつも通り二人の名前を書いてしまった。
「湯川君は今回仲裁してくれなかったの?」
「無駄な予算カット、ってのは経費削減の大原則じゃない。反対する理由も無いでしょ。仏様も今回は全面的に賛成したらしいわ」
 栞はあくまで冷たい。というかドライ、現実派だ。
「栞のところはいいよね、吹奏楽部は……部員50人だっけ?」
「また増えたから今は70人よ。この前の県大会で準優勝したのが効いてるみたい。まあ、弱小部が無くなったらその分他の部に予算が回ってくるじゃない? だからうちは部長を筆頭に完全に歓迎ムードよ。鈴村様様だって崇めてるわ」
「弱小部って」
 随分とはっきり言ってくれる。まあそれでこそ栞なわけだが。
 しかも当たっているだけに、こちらとしては言い返す言葉もない。
「でも、うち以外にも五人以下の部って結構あるはずだよね。誰かさー、抗議した人とかは居ないの?」
「化学部とか新聞部は行ったらしいけど、立案者があの鈴村だからね。文句を言うなら実績を出してみろ、って容赦なくばっさばっさ切り捨てたらしいわ」
「実績……」
 駄目だ、と呟いて頭を抱える。
 そんな誇れるほどの実績があるのなら、部員数二年生一名、なんて状況になってない。
「今度の予算会議までに二週間しかないのに、どうやってそんなもん作れと。つーかさ、今日って金曜でしょ、土日はさむでしょ、そうしたら期日は実質もっと短くなるよね」
「甘い。園芸部なんてそのお知らせがあった日以来、学校中の花壇のひっくり返して植え替えやってるわよ。他の部も似たようなものだし」
「それは……いわゆるゴマすりですか」
「今度の予算会議に出席するメンバーが分かってれば、その人たちに絞ってゴマすればいいんだろうけどね。生徒会役員以外は公表されてないから、とにかくいろんな人に活動をアピールするしかないんでしょ」
「うちの場合、調理部で活動っていうと、何か作って配ることかなあ」
「美味しいもの作れば評価は上がるんじゃない? そういう意味では、少なくとも地学部よりは有利っぽいんだから、やれること全部やった方がいいわよ」
「地学部ってどんなことしてるの? 石の見本を並べたってアピールにもならないだろうし」
「妙案浮かばないからって、職員室に通いつめて、肩もみとか雑用とかしてるんだって。悲惨でしょ」
「それは……」
 悲惨すぎて、想像するだけで涙を誘うよ。
 一人しか居ないけれど、調理部でよかったかもしれない。肩もみに勤しむ地学部員の姿を想像して、つくづくそう思った。

 だけれども、明日はわが身、という言葉もある。

 放課後に訪れたのは染井先生の居る社会科準備室。
 もちろん、このまま廃部になるのは困る、ってことを伝えるためにだ。
「実績ないし、とりあえずご機嫌取りをするぐらいしか、考え付かないんですけどね」
「でも確かに、出来ることといえばそれぐらいだよなあ」
 うぅん、と先生も真剣になって考え込んでいる。なんだかちょっと可愛い。
 それにこうして真面目に取り組んでくれている姿を見ると、ちょっと嬉しくなってくる。
 そんなことを考えていると、先生は「あ!」と小さく声を上げて、一枚の紙を差し出した。
「上原これ」
「なんですか? ええと、存続願い?」
「一応、貰ってきておいたんだ。これ出さないと、廃部に依存ありません、会議にかける必要もありません、って了承したことになるんだって。もう俺のハンコは押してあるから、あとは上原のサイン入れて、生徒会室に提出するだけ」
 こんな届けを出しても問答無用で潰されそうだから、みんな必死になっているんでしょ、と思ったが、さすがにそれは口にしなかった。先生に当たっても仕方が無い。
「ね、先生は予算会議メンバーじゃないの?」
「うん、残念ながら。俺も協力したいんだけど、参加する先生の名前は教員内でも知らされてなくてね。本当は、自分が参加するかしないかって話も、しちゃいけないことになってるんだけど」
 ここだけの秘密だから、と先生はにっこり笑う。
「それにもし会議に出るとしたら……多分俺よりももっと、上の立場の先生方が出るんじゃないかな。」
「そう……」
 それもそうだ、と肩を落とした。
 一瞬、先輩たちに相談してみようかと思ったけれど、あの人たちが親身になってくれるとは到底思えない。一年生もこの時期に入部してくるわけが無いし、それに一人ならまだしも五人以上確保するなんて不可能だろうと思う。奇跡を当てにしていては、栞の言うとおり廃部まっしぐらだ。
「ご、ごめんな。俺、役に立たなくて」
「先生のせいじゃないんですから、謝る必要ないですって。じゃ、私その書類にサイン入れて出してきますから」
 忘れないようにさっさと提出して来よう。善は急げ――ってこの使い方であってたっけ。
 部屋を出て行こうとした私に向かって、「ホント、ごめんな」と、先生は再び申し訳無さそうに頭を下げた。
 母性本能をくずぐるような困り顔。こういう点が女の子に人気がある理由かもしれない、が。
 いい先生とは思うけど、ちょっと、人が良すぎ。
 私は苦笑いして一礼し、部屋を後にした。

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