「堤さん、好きな子いないの?」
ああまたか、と内心でうんざりしながら、でもそんな気持ちを外に出さないようにしながら、私は笑顔で振り返る。
この手のセリフを何度聞いたか分からない。
これが男の子だったりしたら、多少脈があるかも、とか、仲良くなるきっかけだったりするのかもしれないけれど、こうやって聞いてくるのは必ず女の子だ。もちろんこれは同性愛的な意味合いじゃあない。
彼女たちのこの言葉には裏がある。
「いないよ」
「付き合ってる人も?」
「うん、いない」
「でもさ、結構仲良い男子はいるよね」
ここまでの受け答えもまったくパターン化されている。思わず苦笑い。
この状況が体育館裏とか準備室とかで一対複数だったりするとちょっと怖いけど、今日はざわついてる休み時間の教室で、一対一だから。ちょっと強気に出てみる。
「仲がいいからって、必ず恋愛感情あったりするわけじゃないっしょ」
とりあえず、賽は振られた――というか、自分で振ったわけだけど。
ここからの対応は人によって違う。周りを気にしながらもじもじと聞いてくる人もいるし、明るい声でなんでもない風に振舞いながら、でも目はしっかりとこちらを窺うようにしている人もいる。
目の前にいる河野さんは前者タイプの人みたい。言いにくそうに、目じりが少し赤くなっていた。
「でもほら、木本くんとかと、仲いいじゃない?」
もっとうだうだ続くかと思ったけれど、案外早く本音が出た。河野さんだけじゃない。皆の本音はこれ。これが聞きたいのだ。
私たちと同じクラスの男子、木本始。
見た目良し、運動神経良し、頭はまあそこそこ悪くは無い。サッカー部所属でレギュラー。典型的なもてるタイプなんだろうと思う。
まず大前提として、私と彼とは付き合ったりはしていない。家が近いから挨拶もするし、クラスも同じだから普通に話しもする。一般的な友達の関係。けれど、傍目から――主に女子の目から――見ると、彼と一番仲の良い女子は私だということになるらしい。
そして、彼に好意を抱いている子、もしくはその友達は、必ずと言っていいほど、私にさっきのセリフを言ってくる。
私が木本を好きではない、ということの確認。まさか付き合ったりしてないよね、と言う念押し。その他もろもろの意味合いを込めて。
(私に聞くくらいだったら、本人へアプローチしろっての。その方が手っ取り早いのに)
鼻で笑ってしまいそうになる。
もちろん本音を口には出したりはしないし、そんなそぶりも見せない。平穏な学校生活を営むにおいて、女を敵に回してはいけないのだ。できるだけ恨みを買ってはいけないってのは絶対法則。特に恋愛がらみのことは恐ろしいことになるのは目に見えている。私はそれらのものと戦う気力なんてない。
それに女の子的には、回りから徐々に固めていってしっかりと安全を確かめてから、いざ告白ってするのが順当な進め方だろう。私にだって気持ちはわかる。ライバルは少ない方がいいもんね。
でもそんなまわりくどいことしてると他の子に先を越されちゃうかもよ。
なんて、意地悪な助言をしてやりたくなる。だって実際彼はもてるのだし。
はじめは恋に悩める女の子達を応援してあげたい気持ちもあったけど、何度も同じやり取りをしているうちに大分私の根性もひん曲がってきた。
――まあでも、性格悪いのは私だけじゃないのだ、これが。
河野さんがこちらを向いていない隙に、男友達と教室の隅で談笑してる木本の方へ目を走らせる。と、案の定その本人と目があった。一瞬だけ人のよさそうな目が歪んで、にやり、とこちらを見て笑う。
私と木本は確かにただの友達。恋愛感情もない。これは絶対。
だけどこの時ばかりはちょっと特別なものになる。
俺のことでしょ?と切れ長の目が語っている。うんそうだよ、と私も目で返事をする。
彼が河野さんにやる目線は、値踏みするような、晒し者を見ているような、とても冷たいな目だ。
まるで公開処刑。残酷な一瞬。
鋭い視線は、たちまちどろんとした濁ったものになり、何事も無かったかのように目が逸らされる。
あの顔は――河野さん、振られるな。
最初のうち、あのひどく冷たい視線は私の思い過ごしだろうかと思っていた。
けれど、それを彼が否定した。
「堤も共犯だからね」
一度だけ。何か、連絡事項とかの何気ない会話だったと思う。話終えて、それじゃあと離れようとした瞬間に、彼がさらりと言ったのだ。
振り返ると、彼は笑っていた。いつもの人当たりのよさそうな笑みにまざって、凶暴なものや、底が知れない不気味なものが見え隠れしている表情で。
何のこと? とは聞かなかった。聞く必要も無い。
やっぱり気のせいじゃなかったんだ、と思っただけだ。
(それにしても『共犯者』なんて)
私の予想した結果は――告白が上手くいくかいかないかってのは――今の所100%の的中率をみせている。
だけど私はそれを女の子達には伝えない。上手くいく場合も、反対に手酷く振られてしまう場合も。伝えたって信じるわけが無い。振られる場合は特に、私が嫉妬でそんなことを言っていると思われる。
なにより、私自身が予想が当たるのを楽しんでいるからだ。
同じ質問を何度もされるのはうんざりだけど、これに関しては別の話。付き合う付き合わない、なんて結果はどうでもいい。当たるか外れるか、興味があるのはそれだけ。私のこの楽しみに、木本君はきっと気付いている。
共犯っていうのは、このことだろう。
「木本君のことが好きかってこと? ないない。絶対無い。もしそうなら、もっと分かりやすく行動してるよ」
そう言って微笑めば、河野さんはちょっと疑いながらも安心した顔つきになる。
けれど、彼女の想いはたぶん、報われない。
肌が痒くなるような感覚が走り……足の先から徐々に広がって……全身がぞくぞくしてくる。
この分だと一月以内には行動を起こすはず。つまり告白する。間違いない。結果は、彼女に聞かなくたって、この手の話は勝手に流れてくる。
私にだって、罪悪感がないわけじゃない。けれど好奇心がそれらを押し流してしまうのだ。
出来るだけ早く告白してねと急かしたくなるのをなんとかこらえて、私はもう一度の笑みを浮かべた。
「頑張ってね」
突然、ごほごほっと咳き込む声が聞こえた。
目をやると、木本が上半身をかがめて――どうやら笑いすぎて気管を詰まらせたみたいだ。
おかしいな、こっちが何話してるかは聞こえないはずなんだけど。
それとも私の、このうそ臭い笑顔を哂ったのかもしれない。
まあ、いいけどね。
「敵は、手強いよ」
付け加えると、目の前の彼女は不思議そうに目を瞬かせてから、何も分かっていない様子で曖昧に苦笑いした。
だから私も、できるだけ無邪気さを装いながら、けれど念を押すように笑い返した。